研究計画

研究の概要

本研究は、2000年代以降に積極的に行われてきた一連の「コーポレート・ガバナンス改革」を分析視角として、日本企業における財務特性に関する実証的知見の蓄積を行うことを目的とする。

具体的には、低迷する投資、現金保有の拡大、自社株買いの急増といった日本企業の財務特性について、株主重視を目的とした欧米型の「コーポレート・ガバナンス改革」の導入の影響と長く日本的経営の基盤であった銀行・企業間関係の変容といった観点から実証的に分析を行う。リスクを取らない日本企業の保身的とも見える姿勢の原因は何か、その行動原理は何かといった点について、例えば過少投資が生じているか否かなど、経済合理性の観点からの評価を行うことが本研究の核心をなす学術的な「問い」である。アフターコロナを見据えた成長戦略の重要性が増す中で、上場によるショートターミズム(短期志向)と長期的投資のトレードオフ問題、銀行・企業間関係の変容とその作用、経営者の保身行動(在任期間中は平穏に過ごしたいとするQuiet Life仮説)などの重要な学術的課題に対して、日本企業の検証による情報発信をすることが本研究の最終的な到達目標である。

本研究の学術的背景と、研究課題の革新をなす学術的な「問い」

本研究の学術的背景として、日本の企業部門が1990年代後半以降から今日に至るまで、資金過不足の面から見て一貫して黒字部門となっている点に求められる。1990年代前半までは基調として赤字部門であったので、真逆の状況にあると言える。金融の基本的な課題の一つは、資金余剰主体である家計から資金不足主体である企業へ如何に資金を効率的に融通するかにある。しかし、この基本構造自体が長らく不成立の状況にあり、実務的視点のみならず、学術的に見てもその原因の究明は十分になされている状況にはないと思われる。

本研究は、黒字主体となっている日本企業における固有の財務特性は何か、また、その財務特性はどのように評価されるのかといった点に対して個票(ミクロ)レベルでの実証分析を行う。学術的には、コーポレート・ファイナンス論のA1.投資決定、A2.資金調達、A3.ペイアウト政策の三つの主要テーマに対して、上場(listing status)の経済効果や企業・銀行関係の変容を軸に「コーポレート・ガバナンス改革」(以下、「ガバナンス改革」と略記)の観点から多角的に分析を行うことを計画している。

具体的に、当該期間における日本企業の財務的な特徴に目を向けると、①キャッシュインフローの半分以下にとどまる投資の低迷、②2000年代以降における自己資本比率の一貫した積み増し、③近年における東証上場企業に限って見受けられるペイアウト(特に自社株買い)の急増、などが挙げられる。これらの日本企業の財務特性を踏まえ、リスクを取らない日本企業の保身的とも見える姿勢の原因は何か、そのような日本企業の行動原理は何か、といった点が本研究の核心をなす学術的な「問い」である。「ガバナンス改革」を分析視角として、上場によるショートターミズム、改革によって潜在的に失い得る経営者の既得権益の保持などの観点から、経営者の保身行動(Quiet life 仮説)といった学術的な課題の分析を試みる。

また本研究では近年における新しい潮流であるESG(Environment, Society and Governance) 投資に係る視点も踏まえながら、日本企業の財務的特性の背後にあるメカニズムの解明を試みる。社会的課題や環境負荷を重視するESG投資の理念は世界的な潮流となっているが、の背景には2006年に国際連合の責任投資原則(PRI: Principles for Responsible Investment)で提唱されたことや、日本においては日本版スチュワードシップ・コードの導入・改正やGPIFのPRI署名などがある。周知のように、世界的規模でのESG投資の投資残高は増加している一方で、日本においては地域別投資残高で2-3%に過ぎず、資本市場規模との対比でも各先進国に大きく見劣りしている状況にある。コロナ禍においても企業の生み出す安定的で長期な価値は、株主のみならず従業員や地域社会など全てのステークホルダーにとって重要であると認識されるようになっている。この意味でESG投資は、長期的な投資の視点と短期的な利益の追求といったトレードオフの観点からすると、ショートターミズムによる弊害を是する動機を経営者に与え、リスクを取らない経営者の保身行動にどのような影響を与えるのかといった学術的な「問い」に対する検証となる。また、株主による規律付けなど、上場の経済効果の議論と関係が深く、特にGの「ガバナンス」の視点が重要となる。よって、ESG投資に係わる視点からの分析は、日本企業の財務的特性の理解に資する新機軸と言える。以上の検証を通じて、アフターコロナを見据えた成長戦略における投資政策などに対して、財務的観点からの具体的な政策的インプリケーションを得ることが期待される。